六甲おろしという
曲はない。06年11月22日以来の虎ビアですww
もともとオフシーズンのネタがないときの暇ネタだったんだけどwww
久しぶりの再開ww
ってことで六甲おろし
まぁ野球知らない人でもなんとなく聞いたことはあるんじゃないかな〜
そのぐらい有名な六甲おろし何ですけど
実はそんな歌は存在しないんです
六甲おろしというのは通称で正式名称は
「阪神タイガースの歌」できた当時は、阪神タイガースではなく大阪タイガースでした。
歌詞に出てくる
♪オゥオゥオゥオゥハーンシーンタイガース♪
のオゥは今ではただのかけ声だけど
本当は
♪大大大大、大阪タイガース♪
の大だったのです。
ちなみにコアな阪神ファンの間では
六甲卸は「国歌」と呼ばれていますwww
ベーブルースの一言で
ラッキーゾーンが
作られた
野球ファンならほとんどが知っているであろう
野球界の伝説ベーブルース
実はこのベーブルース、戦前に甲子園に訪れていた
1934年の日米親善試合でのこと
甲子園で行われたのですが
甲子園のスケールに圧倒され
「このグランドではホームランは打てない・・・」と・・・
そこで、甲子園関係者は外野の前にフェンスで
ラッキーゾーンを作り、両翼を110mから91mまで
縮めたという。
同じ日米ネタと言うことでもう一つ
阪神が優勝した62年、全日本対デトロイトタイガース戦
先発の村山実はなんと8回2死までノーヒットピッチング!!!
本家本元のタイガースを二安打完封にしとめた!!!
さすがミスタータイガース
巨人キラーと言われた
星野仙一は
本当は阪神キラーだった
球界の盟主と勝手に名乗るジャイアンツに対して
ひときわ闘志を燃やしていた星野仙一
現役時代も、王、長島のいた黄金期の巨人に気迫のピッチングで
35勝31敗と勝ち越し
「巨人キラー」として
ドラフトの因縁をぶつけていた
…が、実は巨人以上に阪神を好物をしていたんです
36勝19敗・・・・
今で言う山本昌並みだなぁ
その頃阪神にいた同期の田淵へのライバル意識があったのでしょうか?
一昨年の、星野さんの巨人監督就任騒動には
本当にびっくりしました。
岡田彰布は
1962年の阪神優勝
パレードで
先頭車に乗っていた
60年代に2度優勝した阪神。
優勝パレードの先頭車を見ると
藤本監督、青田コーチら首脳陣の挟まれ
なぜたれ目の少年の姿が・・・・・・
それが、現阪神タイガースの監督
岡田彰布なのである
岡田監督の父親が球団と親交が深かったために
実現したらしい。
選手として優勝する23年も前に
優勝を味わっていたなんて・・・・・
さらに73年の村山実引退試合の時には
当時高校生の岡田彰布はブルペン前で
村山とキャッチボールをしていた!
しかし、ここまでタイガース愛が
あふれる岡田監督。
大学で数々の記録を打ち立てて
ドラフトの目玉として
複数球団の指名のあった中
くじを引いたのは阪神だった。
しかも、そのドラフト前に意中の球団は?
ととわれて
「はっきりはいえませんが、セリーグの在阪球団です」
それってタイガースしかないでしょ。
その後見事阪神入りが決まった岡田監督。
本人曰く久慈で外れたことはないらしい。
その強運を生かしてドラフトでいいくじ引いてくれ!
甲子園には「アルプススタンド」
だけでなく、
「ヒマラヤスタンド」もあった。
アルプススタンドの名の由来は、観客席がアルプス山脈のように壮大に見えたからと単純です。
命名したのは芸術家の岡本太郎の父一平さん
球場が完成した当時、登山家の藤本十九二さんが
「アルプスのように壮大である」と評したことを元に
岡本さんが「ソノスタンドハマタ素敵ニ高ク見アルアルプススタンドダ」と
新聞に投稿以来、一般にアルプススタンドと呼ばれ親しまれるようになりました。
アルプススタンドは、離れていた内野席と外野席を埋めるために12000席増設したものだけど
外野席を拡張したときに命名されたのが「ヒマラヤスタンド」
しかし、全く浸透しなかった・・・・・
もっと近場の六甲山とかにしとけば良かったのに
(早い話ヒマラヤスタンドは今の外野席の内野よりのところと考えてもらえれば)
藤村富美夫は
現役引退後
「必殺仕事人」になった
「物干し竿」と呼ばれたバットを振り回し、豪快なプレーで魅了した
初代ミスタータイガース藤村富美夫。
このスーパースターの人気の秘密は
「殺人スライディング」「代打満塁逆転サヨナラホームラン」など
派手なパフォーマンスにあった。
そんな藤村は引退しても派手であった
藤田まこと主演の人気時代劇「新必殺仕置人」にレギュラー出演
寅の会の大元締「虎」として物干し竿級の混紡を振り回して
大暴れしたと言うんだからさすがはミスタータイガース!
そのほかにも阪神の選手が実名で参加した映画がある
「ミスタールーキー」だ。
桧山、矢野、藪、八木、広沢現役組(当時)に田淵、バースなどの
OBまで出演する豪華ぶり
しかしなぜ主演が長嶋一茂だったのかは不明。
「ミスタールーキー」にはもう一つ虎ビアがある
それはその映画にまだアマチュアだった能見が登場しているのだ
選手役として大阪ガスの選手が起用された
その中に能見が入っていたのである
しかもそのとき身につけたタイガースのユニフォームの背番号は
今と同じ「14」
このときから能見は阪神入りが運命づけられてたんですね
田淵幸一はただ一人、
アウト、併殺打、三重殺の
サイクルアウトを記録した。
一般的にいわれるサイクルヒットというのは、ヒット、ツーベース、スリーベース、ホームラン
この全てをその試合の中で打つことを言います。
基本時に長打を打てる人が有利ですが、そこそこの足もないとなかなか達成できません
(まぁはっきりいって運もかなり左右します)
つまり全てのヒットを記録するサイクルヒットの逆バージョン
全てのアウトを記録するのがサイクルアウトというわけで
この記録は元阪神の田淵選手しか達成していません
1975年7月11日の巨人戦。
アウト、併殺は良くあっても
トリプルプレーというのはなかなか出ないもの
田淵選手の時は、打席でよけたボールにバットが当たってしまい
2-5-4-3のトリプルプレーになってしまったらしい
しかし、ファーストの王貞治選手にボールが渡ったとき
田淵選手はまだ10メートルほど手前にいたらしい・・・・・
いくら足が遅いっていっても本気で走ってなかったんじゃないかと
思わせるくらい鈍足ですね・・・・・・
闘将星野仙一は
現役時代一度も退場を
食らっていない
今でこそ退場のイメージがしみこんでいる星野仙一さんは
現役時代は一度も退場がありませんでした
監督通算退場数は5回
ちなみにもっとも血の気の多い監督は
金田正一さんで八回
次に「喝」でおなじみ親分こと大沢親分で七回
(ホントに喝をしてたんですね)
同率で阪神を優勝に導いた藤本定義さん
今の十二球団の監督で退場と言えばやはり
ロッテのバレンタインか広島のブラウンですね
バレンタインはメジャー監督時代退場処分を食らったのにもかかわらず
数分後何と変装して再びベンチに戻ってきていたという伝説というか
何というか・・・・・(もちろんもの凄いおとがめを貰ったそうです)
ブラウンは記憶に新しいベース投げ事件。
これはたまにやる人がいるんですが・・・・
広島はこれを逆にプラスに捕らえベース投げ大会だとか
翌日の選手の練習シャツに「私たちの監督はベースを投げます」だとか
今年の”投塁王”はブラウンさんに間違いないですね
今岡の奥さんは
「JJ」にセレブ扱いで
登場している
今はどうだか知らないが2.3年前はたびたび今岡梨恵として登場してたみたいです
しかもかなりの美人として有名で、甲子園の選手招待席に
D&B(ドルチェアンドガバーナ)のTシャツにジュシークチュールのジーンズ
シャネルのショルダーバッグ、靴は豹柄のヒール(虎柄にしろよ!)
と言う出で立ちで観戦してるみたいです
巨人のO選手の踏み忘れで本塁打一本損した
の奥さんも美人で知られてますが
タイガースの併殺打王も負けてませんよ
赤星憲広は
JRの車掌の資格を
持っている
赤星選手は亜細亜大学を卒業した後JR東日本の社会人野球チームに進みました。
そのときっとった資格だそうです(一応東日本の社員扱いなので)
ただ実際の業務には就いたことはないそうです。
残念なのはJRの資格なので阪神電車や阪急電鉄では通用しないそうです
可能ならオフの企画として面白いことが出来そうなのですが
まぁやるとしたら絶対に各駅ではなく急行電車でしょうけど(笑)
速いというとケータイの着メロを変えるスピードも早いそうです
最新曲はすぐにダウンロード。さすがレッドスター
これは余談ですが鈴木あみの等身大ポスターを持ってるとか持ってないとか
(これは何年か前の情報なので今はどうか分かりませんが)
1985年の優勝以前、
阪神の最下位は
一度だけだった
よくテレビなどで阪神巨人伝統の一戦だとか、名門阪神タイガースと紹介されますが
よく考えてみてください。今や阪神タイガースは常勝球団になりつつありますが
少し前まではドベが当たり前の12球団一の弱小球団というフレーズがよく似合う球団でした。
なのに何でV9を達成した強豪巨人と弱小球団との戦いが伝統の一戦と言われるのか
その秘密は1985年以前にあります。
1950年の二リーグ分裂から85年の間
なんとその期間阪神は最下位が一回だけ。
ちなみに一位二回、二位十二回、三位十一回、四位七回、五位七回、六位一回
Aクラス率はなんと71%。
そして50年以前は
一位四回、二位五回、三位四回、四位0回、五位0回、六位二回
Aクラス率87%
これが名門阪神、伝統の一戦といわれる理由ですね
しかし85年の優勝以後は最下位率が59パーセント・・・・・・
一体何があったんだ阪神。
やはり昔も今もプロ野球をひっぱてきたのは阪神と巨人
この二チームがデットヒートを繰り広げるのがプロ野球が盛り上がる
一つになるんじゃないかなぁ(最後は阪神優勝だけど)
村山実の通算勝利数が
222勝。
長嶋茂雄の通算本塁打数が
444本。
その2人の通算対戦数は
333回だった。
阪神の歴史に残る大投手村山実。
そしていわずとしれたミスタープロ野球長嶋茂雄。
野球ファンなら知ってると思うがこの2人は昭和の名勝負と言われるほど
良きともであり良きライバルでもあった。
天覧試合のサヨナラホームラン、そして1500,2000奪三振を
二回とも長嶋で奪うと言う離れ業(この辺はこの動画を見てください)
http://www.youtube.com/watch?v=OTAfWoaN3dQ&mode=related
そんな2人の通算対戦数がぞろ目とは何か運命を感じますね
ちなみに333回の対戦の内訳は
302打数85安打打率281、21本塁打、39奪三振
長嶋の終身打率は305なので良く抑えたと言っていいんじゃないでしょうか
そして、注目すべきは死球0。
村山の武器のコントロールと、フェア精神がこの結果を生んだんではないでしょうか。
最近では伝統の一戦にふさわしくないような試合が続いていますね。
こんな名勝負が又見られるようなプロ野球にしなきゃいけないんじゃないかな